「また絵カードかぁ…」
呼称訓練のために絵カードをめくりながら、心の中でそう思ったこと、ありませんか。
喚語困難の患者さんを担当していると、いつのまにか訓練が絵カード頼みになりがちです。カードを買うのも、めくる準備も、地味に大変なんですよね。
この記事では、新しい道具を一切買わずに、紙と鉛筆だけでできる訓練アイデア7選を、現役STの私がまとめます。読者は同業のSTさん・若手・実習生さんを想定しています。
結論|訓練ネタは「道具」じゃなく「紙と鉛筆」で増やせる
最初に結論を書きますね。
喚語困難の訓練ネタは、新しい道具を買わなくても、紙と鉛筆さえあればいくらでも増やせます。
絵カードを買う費用も、ラミネートする手間も、いりません。
💡 喚語困難(かんごこんなん)って?:言いたい物の名前や動詞が、頭に浮かんでいるのに口から出てこない状態のこと。語想起困難とも言います。
私自身、絵カード一辺倒だった新人時代を経て、今は「目の前にある紙とペン」で訓練を組み立てています。
この記事の7つは、明日からそのまま使えるものばかりです。
そもそも喚語困難とは|運動性失語のリハで押さえること
念のため、土台だけ確認させてください。
「運動性失語(ブローカ失語)」は、言葉の理解は比較的保たれているのに、話す・書くといった「言葉を出す」側に強く障害が出るタイプです。
喚語困難はその中心症状のひとつ。「言葉は浮かんでいるのに出てこない」状態です。
💡 ざっくり言うと:頭の中の引き出しに言葉は入っているのに、引き出しを開ける鍵が見つからない感じ。だから「鍵をどう渡すか(=ヒントの出し方)」が訓練のカギになります。
押さえておきたいのは、喚語を引き出すルートは1つじゃないということ。
意味からのアプローチ、音からのアプローチ、文脈からのアプローチ。意味的・音韻的な手がかりや文完成、語流暢性課題などは、失語症リハで確立した手技として知られています。
この記事の7選も、ぜんぶこの「いろんなルートから引き出す」発想で並べています。
紙と鉛筆だけでできる訓練アイデア7選

ここからが本題です。7つ、いきますね。
各アイデアには 「難易度を上げる/下げる一言」 を必ず添えました。
レベル調整こそが、いちばん大事だと思っているからです(理由は後半で書きます)。
① 生活動作の穴埋め文
紙に「歯を○○」「顔を○○」「ごはんを○○」と書いて、空欄を埋めてもらいます。
文脈の力を借りて、動詞を引き出す課題です。
「歯を…」まで読むと、「みがく」が出やすくなる。これが文完成の効果です。
💡 文完成って?:文の途中まで提示して、続きの言葉を埋めてもらう課題。文脈が手がかりになり、単独で言うより言葉が出やすくなります。
難易度の上げ方/下げ方:下げるなら絵や写真を添える、または選択肢を2つ書いて選んでもらう。上げるなら「朝起きて、まず○○して、それから○○した」と2語以上の連続穴埋めにする。
② カテゴリーで言葉集め
「動物を5つ」「赤いもの」「冷蔵庫の中身」を、口頭で挙げてもらいながら紙に書き出します。
語流暢性(決まった条件で言葉をたくさん挙げる力)を引き出す課題です。
書く欄を5つ用意しておくと、ゴールが見えてやる気も続きます。
難易度の上げ方/下げ方:下げるなら「果物を3つ」と数を減らす、身近なカテゴリーにする。上げるなら「『か』で始まる食べ物」と音と意味の両方で縛る。
③ 場所・道具から動作を引き出す
紙に「台所」「ハサミ」と文字で書いて、「ここで何する?」「これで何する?」と聞きます。
名詞から動詞へ、語想起のルートを広げる課題です。
絵は描きません。文字だけで十分機能します。
難易度の上げ方/下げ方:下げるなら身近な道具(歯ブラシ・コップ)から。上げるなら「公園」など動作が複数出る場所にして、3つ挙げてもらう。
④ ヒントの出し方を“型”にする
これは課題というより、全課題に共通するヒントの渡し方です。
私はいつも、この4段階を順番に使っています。
- 語頭音ヒント:「り…」と最初の音を出す
- 意味ヒント:「赤くて丸い果物」と説明する
- 文字ヒント:「り○ご」と一部の文字を見せる
- それでも難しければ 復唱:一緒に「りんご」と言う

💡 キューイング/フェイディングって?:キューはヒントのこと。フェイディングは、慣れてきたらヒントを少しずつ減らしていく考え方。最終的に「自力で出る」を目指します。
ヒントを「型」にしておくと、その場で迷わないし、次回どこまでヒントが必要だったか記録もしやすいです。
難易度の上げ方/下げ方:下げるなら早めに強いヒント(文字・復唱)まで進む。上げるなら語頭音だけで粘る、ヒントを出すまでの待ち時間を長くとる。
⑤ 連想・言葉遊び
しりとり、「お正月といえば?」の連想ゲーム。
楽しいので、訓練感が薄れて続きやすいのが利点です。マンネリ打破の飛び道具ですね。
連想は意味のネットワークをたどる作業なので、語想起の良い練習にもなります。
難易度の上げ方/下げ方:下げるなら答えを一緒に考える、季節など身近なお題に。上げるなら「3文字の言葉でしりとり」と条件を足す。
⑥ まちがい文さがし
紙に「犬がニャーと鳴く」と書いて、「どこが変?」と聞き、正しく言い直してもらいます。
意味処理(聞いて・読んで理解する)と、発話(言い直す)を同時に使う課題です。
「間違い探し」というゲーム性があるので、患者さんがノってくれることも多いです。
難易度の上げ方/下げ方:下げるなら「犬がニャー」と短く、明らかな間違いに。上げるなら間違いを2か所にする、自然だけど不適切な文(例:夏に「寒い」)にする。
⑦ 自動で出る言葉から呼び水
曜日(月・火・水…)、数(1・2・3…)、季節(春・夏・秋・冬)を、一緒に声に出して唱えます。
これらは 自動化された言語 といって、重度寄りの方でも比較的出やすい言葉です。
まず出る言葉でエンジンをかけてから、本題の課題に入ると、発話の滑り出しが良くなることがあります。
💡 自動言語って?:数を数える、あいさつ、歌など、考えなくても自動的に出てくる言葉。失語症が重くても残りやすい部分です。
難易度の上げ方/下げ方:下げるなら一緒に唱える、歌に乗せる。上げるなら「金曜日の次は?」と途中から問う、逆順で言ってもらう。
マンネリを抜け出す3つの工夫

7つのネタができても、続けるうちにまた「いつもの感じ」になりがちです。
そこで、私がマンネリを抜けるために意識している工夫を3つ。
① ヒントを減らしていく
同じ言葉でも、前回より一段ヒントを減らせたら、それは立派な進歩です。
「文字ヒントなしでも出た」という変化を、課題そのものより大事に見ます。
② 同じ言葉でも課題形式を変える
「りんご」を引き出すにも、形式はいろいろあります。
穴埋め(赤い○○)→ 説明(赤くて丸い果物は?)→ 会話(最近くだもの食べました?)。
同じ言葉を、違う角度から何度も。これだけでマンネリ感がぐっと減ります。
③ 患者さんの生活ネタを素材にする
孫の名前、好きな食べ物、昔の仕事。その方の生活から素材を持ってくると、言葉が一気に出やすくなります。
意味のあるネタは、本人のやる気も続きやすいんですよね。
💡 ざっくり言うと:素材を変えるより「同じ言葉を違う形で」「本人の生活から」が、マンネリ打破の近道です。
身振りやジェスチャーを言葉と一緒に使う方法も、失語症研究で長く検討されてきた手技です。言葉が出にくい時に、手の動きを添えるだけで呼び水になることもあります。
訓練で一番大事なこと|「正解させる」より「レベルを合わせる」
ここで、私がいちばん伝えたいことを書きます。
訓練でいちばん大事なのは、難易度を患者さんにマッチさせることだと思っています。
難しすぎても、簡単すぎても、ダメなんです。
難しすぎると、自信を失わせてしまう。簡単すぎると、手応えがなくて退屈になる。
ちょうどよく合った時、患者さんがふっと 満足そうな表情 をするんですよね。「あ、言えた」というあの顔。
私はあの表情が出た時、「今日の難易度は合っていたな」と確認しています。
💡 ざっくり言うと:「正解させること」より「ちょうどいい難しさにすること」を狙う。レベルが合えば、正解も自信も後からついてきます。
だから7つのアイデアそれぞれに、難易度の上げ下げを添えました。
ネタの数より、目の前の一人に合わせる調整力のほうが、ずっと大事だと感じています。
これは「これが正解」と言い切れる話ではなく、私が現場で大切にしている考え方として受け取ってもらえたら嬉しいです。
もっと深めたいSTへ|学びを止めない
喚語困難のアプローチは、ここに書いた7つで終わりではありません。
意味的・音韻的手がかり、文完成、語流暢性、ジェスチャー併用、そして実用コミュニケーション訓練(PACE)など、失語症リハには確立した手技がいくつもあります。
💡 PACEって?:実物・絵・身振り・文字など、伝わる手段を自由に使ってメッセージのやり取りをする訓練。「正しく言う」より「伝わる」を重視する考え方です。
こうした手技を体系的に学び直したい時は、オンラインセミナーが便利です。
失語症リハや高次脳機能障害の講義が見放題で、訓練の引き出しを増やせます。
→ PT.OT.STのための総合オンラインセミナー『リハノメ』(PR)
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参考までに、失語症の長期経過や回復の見通しについては、こちらの記事にも本音を書いています。
→ 失語症は何年経っても良くなる?発症13年を担当する現役STの本音 → 失語症の家族とどう話せばいい?『待つ』が一番のリハ
手元に1冊、体系的な実践書を置いておくのもおすすめです。
→ 失語症リハビリテーション実践ガイド(言語情報処理モデルでやさしくわかる)を楽天で見る(PR) 言語情報処理モデルから訓練の組み立てを整理できる一冊。「なぜこの訓練をするのか」を言葉にできるようになります。
まとめ
紙と鉛筆だけでできる、運動性失語の訓練アイデア7選をまとめました。
ポイントを振り返りますね。
- 訓練ネタは「道具」じゃなく「紙と鉛筆」で増やせる
- 喚語を引き出すルートは1つじゃない(意味・音・文脈)
- ①穴埋め文 ②カテゴリー語集め ③場所・道具から動作 ④ヒントの型 ⑤言葉遊び ⑥まちがい文さがし ⑦自動言語の呼び水
- マンネリは「ヒントを減らす・形式を変える・生活ネタを使う」で抜ける
- いちばん大事なのは「正解させる」より「レベルを合わせる」こと
新しい道具を準備しなくても、紙と鉛筆さえあれば、意外とこんなことも訓練になる。そんな発見が一つでも届いたら嬉しいです。
失語症リハにもっと向き合いたい、環境を変えてじっくり言語訓練に取り組みたい、と感じているSTさんもいると思います。そういう時は、ST特化の転職エージェントに相談してみるのも一つの手です。
ご質問・ご相談は、お問い合わせフォーム からお気軽にどうぞ。
※本記事は私個人の経験と公開情報を元にしたものです。失語症の症状や訓練の適否は個人差が大きく、施設・地域・個人の状況によって変わります。実際の訓練の選択・実施は、担当言語聴覚士の評価と判断のもとで行ってくださいね。本記事の内容をもって生じたいかなる結果についても、責任を負いかねます。
参考文献
- 日本コミュニケーション障害学会『コミュニケーション障害学』PACEを試みた失語症例の訓練経過に関する報告(J-Stage):https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjcomdis1983/7/2/7_2_71/_article/-char/ja/
- 失語症研究における身振り・ジェスチャーに関する文献展望(大学リポジトリ):https://mu.repo.nii.ac.jp/record/2079/files/humansciences12_07.pdf
著者:うめあかり 言語聴覚士(ST)。急性期病院で9年勤務後、現在はリハ特化型デイサービスで勤務中。2児(5歳・3歳)の母。


