「ベル麻痺になってから、もう3年経つのに顔のゆがみが残ったまま」
「笑うと目が閉じてしまう。これって一生このまま?」
「数年経ってからでも、リハビリで変わることってあるのかな」
そんな思いで、この記事にたどり着いてくださったのかなと思います。
私は 現役の言語聴覚士(ST) として、急性期病院で9年間、末梢性顔面麻痺の患者さん(ベル麻痺・ハント症候群)に関わってきました。今はリハ特化型デイサービスで勤務しながら、長期で麻痺を抱えた方の口腔機能や表情筋もフォローしています。
このページは、 末梢性顔面麻痺の急性期リハ記事 の続編です。 前回は「発症から最初の数週間」を中心にお伝えしましたが、今回は 発症から1年以上経った後遺症期 について、 学会ガイドライン・査読論文・私自身の長期フォローの経験 から解説していきますね。
※本記事は一般的な情報提供を目的としています。個別の医療相談や診断に代わるものではありません。長く続く症状については、 形成外科または耳鼻咽喉科の顔面神経麻痺専門外来 での評価が安心です。
結論|数年経過後も「上手に付き合うリハ」で症状軽減が期待できる
先に結論をお伝えします。
末梢性顔面麻痺の後遺症期(発症からおよそ1年以上)でも、ミラーバイオフィードバック・ストレッチ・ボトックス治療などを組み合わせることで、症状の軽減が期待されています 。
根拠は3つです。
- 病的共同運動へのミラーバイオフィードバック:海外の文献で、後遺症期にも一定の改善効果が報告されています(Brach JS, et al.「Mirror feedback for facial paralysis」ほか)
- A型ボツリヌス毒素療法:過剰収縮・共同運動への補助療法として、 日本顔面神経学会 でも適応が検討されています
- 長期的なフォロー:数年経過後でも、 拘縮・筋萎縮への対処 や 生活上の工夫 で、本人の負担感が軽くなったというケースが現場では多く見られます
💡 「治る」と「上手に付き合う」の違い:後遺症期のリハの目標は、 発症前の顔に完全に戻すこと(治す) ではなく、 残った症状とうまく付き合いながら、笑いやすく・食べやすく・話しやすくしていくこと に変わります。ここの目標設定がとても大事です。
つまり、 「諦めない・焦らない・上手に使う」 。 この3つが、数年経過後リハの軸になります。

次の章から、ひとつずつ丁寧に解説していきますね。
急性期との違い|「回復期の終わり」と「後遺症期」の境目
まず、 急性期との違い を整理しておきます。 前回の記事(末梢性顔面麻痺の急性期リハ)と合わせて読むと、流れがつかみやすいです。
急性期(発症〜2週間)
- 神経が炎症で敏感/無理に動かすと悪化リスク
- 強い訓練・自己流マッサージはNG
- ステロイド・抗ウイルス薬など 薬物治療が最優先
回復期(2週間〜1年程度)
- 軽い表情筋訓練・ミラーバイオフィードバックが標準
- 柳原40点法での 継続評価 がカギ
- 病的共同運動の予防 が最大テーマ
後遺症期(発症からおよそ1年以上)
- 麻痺の改善は緩やかになり、 症状が固定化 する時期
- 共同運動・拘縮・筋萎縮 が残りやすい
- 目標は 「治す」から「上手に付き合う」 へシフト
💡 「1年」はあくまで目安:個人差が大きく、 重症例では2〜3年かけてゆっくり改善 することもあります。逆に、 軽症例なら数ヶ月で症状が落ち着く ことも。「1年経ったから諦める」ではなく、 専門外来で現在の状態を再評価 することが大事です。
→ 数年経った時点でいちばん大事なのは、 「いまの自分の顔の状態を、もう一度プロに見てもらうこと」 だと感じています。
後遺症期に残りやすい3つの症状|共同運動・拘縮・筋萎縮
数年経過した時点で、後遺症として残りやすいのは、大きく3つです。
① 病的共同運動(びょうてききょうどううんどう)
いちばん多いのがこれです。
- 目を閉じようとすると 口角が一緒に上がる
- 「イー」と歯を見せると 目が一緒に閉じる
- 食事中、噛むだけなのに 目がギュッと閉じる
💡 病的共同運動って何?:神経が再生する途中で 配線が混ざってしまう 現象のこと。「ある筋肉を動かそうとすると、関係ない別の筋肉まで一緒に動いてしまう」状態を指します。
② 拘縮(こうしゅく)
長く動かしにくい状態が続くと、 表情筋そのものが硬く縮んでしまう ことがあります。
- 麻痺側の頬や口の周りが 常に少し引きつったように見える
- 触ると 筋肉が硬い
- 表情を作ろうとしても 動かせる範囲が狭い
💡 拘縮って何?:使わない・動かしにくい状態が続いて、 筋肉や皮膚が縮んだまま戻りにくくなる 現象のこと。リハビリの世界では、関節や筋肉でよく使われる言葉です。
③ 筋萎縮(きんいしゅく)
ほとんど動かせない時期が長く続いた筋肉は、 痩せて細くなっていく ことがあります。
- 麻痺側の頬が 健側より少しこけて見える
- 笑ったときの 左右差がより目立つ
- 鏡で 筋肉のボリュームの違い がわかる
💡 筋萎縮って何?:使わない筋肉が 少しずつ痩せていく こと。「廃用性萎縮」とも呼ばれます。リハで完全に元には戻りにくいですが、 これ以上進まないように維持する ことは期待できます。
→ この3つは、 どれか1つだけ ではなく 重なって出る ことが多いのが現実です。
病的共同運動はなぜ起きる?|神経の「誤った再生」
ここで、 なぜ数年経っても共同運動が残るのか を、もう少し詳しく見ていきますね。

神経の再生メカニズム
末梢神経(手足や顔の神経)は、 一度ダメージを受けても、ゆっくり再生する力 を持っています。
このとき問題になるのが、 「再生する方向が、必ずしも元通りとは限らない」 こと。
- 元々「目を閉じる筋肉」に向かっていた神経が、 「口を動かす筋肉」のほうにつながってしまう
- 結果、 「目を閉じる」と命令を出したつもりが、「口」も動いてしまう
- これが 病的共同運動 の正体です(日本顔面神経学会 顔面神経麻痺診療ガイドライン)
一度出た共同運動は「消す」より「再学習」
ここが大事なところなのですが、 一度固定化した病的共同運動を、完全に消すことは難しい とされています。
そのため、後遺症期のリハの考え方は、 「混ざった配線をどう上手に使うか」 に変わっていきます。
- 共同運動が出にくい 動かし方 を脳に学習させる
- 鏡で 意図しない動きを意識的に止める 練習をする
- 必要に応じて ボトックス治療で過剰な動きを抑える
→ 「治す」より 「リハと医療で上手に使う」 。これが後遺症期の合言葉です。
数年経過後のリハ目標は「治す」ではなく「上手に使う」
ここで、 後遺症期のリハ目標の立て方 を整理しておきます。
急性期・回復期との違い
- 急性期:神経の炎症を抑える/余計な悪化を防ぐ
- 回復期:神経再生をサポートする/病的共同運動を予防する
- 後遺症期:残った症状と 上手に付き合う /生活の質を保つ
「上手に使う」リハの具体的な目標例
- 笑ったときに目が閉じにくくする
- 食事中に口角からこぼれにくくする
- 「イー」「ウー」が左右対称に近づくようにする
- 拘縮で常に引きつる感覚を少しでもやわらげる
- 自分の顔に対する 心理的な抵抗を減らす
→ ここで大事なのは、 本人とご家族が「何を一番つらく感じているか」 を最初にしっかり言葉にすること。 すべてを一気に解決するのではなく、 「いちばん困っていることから1つずつ」 が、後遺症期リハの基本姿勢です。
→ 顔面神経麻痺リハをきちんと学びたい現役STさんには、 専門家の動画講義 で学べる仕組みもあります。私自身、後遺症期の患者さんを担当した時、書籍だけでは動きの捉え方がわからず、動画で何度も見返しました。
→ PT.OT.STのための総合オンラインセミナー『リハノメ』(PR)
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具体的アプローチ①|ミラーバイオフィードバック療法
後遺症期でいちばんよく使われるのが、 ミラーバイオフィードバック療法 です。 急性期記事でも触れた手法ですが、 後遺症期ではより「共同運動を出さない使い方」を学ぶ ことに重きが置かれます。

やり方の基本4ステップ
-
鏡を正面に置く
- 明るい場所で、顔がよく見える距離に
- 卓上の手鏡でもOK
-
ゆっくり一つの表情だけ動かす
- 「イー」「ウー」「目を閉じる」「眉を上げる」などを 1つずつ
- 一気に複数の表情をやらない
-
意図しない動きをチェック
- 口を動かすときに 目が一緒に動いていないか
- 目を閉じるときに 口角が動いていないか
-
連動が出たら一度休む
- 動きをいったん止めて深呼吸
- 無理に続けない/疲れる前にやめる
1日の目安
- 1セット 5〜10分程度
- 1日 2〜3回まで
- 疲れたら必ず休む
💡 「強くやれば早く治る」は誤解:後遺症期でも、 頑張りすぎは逆効果 です。共同運動が固定化している分、 正しい使い方を脳に再学習させる ほうが、長い目で見て楽になることが多いです。
海外でも一定の効果が報告
Brach JSら(「Mirror feedback for facial paralysis」ほか)の報告では、 ミラーフィードバックを継続したグループで、共同運動や表情の左右差に改善が見られた とされています。
→ 数年経っても、 続ければ少しずつ変わる可能性 があるのが、ミラーバイオフィードバックの強みです。
具体的アプローチ②|表情筋ストレッチ(やさしく・痛くない程度に)
拘縮(筋肉が硬く縮んでしまう状態)には、 やさしい表情筋ストレッチ が役立つことがあります。
ストレッチの基本ルール
- 痛くない範囲で
- 強く揉まない/撫でる程度
- 1日2〜3回・1回数分
- 入浴後など 筋肉がゆるんでいる時間帯 に
具体的なやり方の例
-
頬のやさしいストレッチ
- 麻痺側の頬を、指の腹で 円を描くようにゆっくり撫でる
- 30秒程度
- 赤くなる・痛いはNG
-
口角のやさしいストレッチ
- 口角を指で やさしく外側へ伸ばす(自分でゆっくり)
- 5秒キープ × 3回
- 強く引っ張らない
-
温める
- 蒸しタオルを 30秒〜1分程度 頬に当てる
- 筋肉をゆるめてから動かす
- 熱すぎないこと
⚠️ 強いマッサージや、機械的な振動マッサージ機の使用は、 共同運動を誘発するリスク が指摘されています。 必ず主治医や担当STに相談してから 取り入れてください。
口腔機能と栄養補助も忘れずに
数年経過した方は、 食事中の取りこぼし・噛みにくさ・むせ が地味な負担として残っていることがあります。 口腔機能が下がる と、 食事量が減って栄養状態にも影響 することがあるため、 補助食品 をうまく使うのも一つの選択肢です。
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💡 1本125ml で200kcal前後・たんぱく質もとれる 栄養補助飲料 。食事量が減りがちな高齢の方や、食べこぼしで時間がかかる方の 間食代わり に取り入れやすいです。
また、むせやすさが気になる場合は、 とろみ剤 で飲み物の粘度を調整するのも安全策の一つです。
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→ 個別の必要量・粘度設定は、 STや管理栄養士に相談 してから決めるのが安心です。
具体的アプローチ③|ボトックス治療(A型ボツリヌス毒素)の選択肢
後遺症期で 「共同運動が強くて笑うと目が閉じてしまう」「頬が引きつる感覚が強い」 という方には、 ボトックス治療 という選択肢があります。
💡 ボトックスって何?:正式には 「A型ボツリヌス毒素療法」 。 過剰に動いてしまう筋肉に少量を注射 することで、その筋肉の動きを一時的に弱める治療です。眉間のシワとりで美容領域でも有名ですが、 医療用としても顔面けいれん・痙縮・共同運動に対する治療 として使われています。
どんな人に向く?
- 共同運動で 笑うと目が閉じてしまう
- 頬や口の周りが 常に引きつって苦しい
- ST・PT・OTでのリハだけでは 動きの過剰収縮が抜けない
どこで受けられる?
- 形成外科の顔面神経麻痺専門外来
- 耳鼻咽喉科の専門外来
- 神経内科(医師の専門による)
→ どこでも受けられるわけではなく、 専門外来のある病院に紹介してもらう ケースが多いです。
治療の流れ
- 専門医による 動きの評価(どの筋肉が過剰に動くかを特定)
- 該当する筋肉に 少量を注射
- 3〜4ヶ月ごと に効果を見ながら繰り返す
- 効果は 数日〜2週間ほどで出始める とされます
注意点
- 保険適用の範囲 や 自己負担額 は、診断名や施設によって異なるため、 必ず受診先で確認
- 過剰収縮が 完全になくなるわけではない(あくまで補助療法)
- ボトックス単独ではなく、 ST・PTリハ+ボトックス の 組み合わせ が一般的
→ 日本ボツリヌス治療学会 や 日本顔面神経学会 でも、適応の検討と長期フォローの重要性が議論されています。

ST・形成外科・神経内科との多職種連携
数年経過した後の末梢性顔面麻痺は、 どこか1つの科だけで完結する領域ではない のが現実です。
主な関わり先
- 形成外科(長期残存例の主治医になりやすい):神経移植・形成術・ボトックス
- 耳鼻咽喉科:発症時の主治医/聴力・めまいの長期フォロー
- 神経内科:神経学的評価/鑑別
- 眼科:閉眼困難に伴う角膜保護・点眼指導
- 言語聴覚士(ST):構音・嚥下・口腔機能のリハ
- 理学療法士(PT)/作業療法士(OT):表情筋訓練・ADL指導
- 管理栄養士:食事量が落ちている場合の栄養相談
「数年経った人」がまずやると安心なこと
- いまの主治医がいない場合は、 形成外科の顔面神経麻痺専門外来 に1度評価を受ける
- ST・PTでのリハを 数ヶ月単位の通所リハ で再開する選択肢を検討
- 在宅で生活している場合は、 訪問リハ・通所リハ の調整を ケアマネジャー と相談
→ ご自宅近くの介護サービスや施設探しの第一歩として、まずは情報を集めるのもおすすめです。
ST職を目指す方・現役STへの提案
数年経過した末梢性顔面麻痺のフォローは、 回復期病棟だけでなく、外来・訪問リハ・通所リハ など、 長く関わるフィールドが広い のが特徴です。 顔面神経麻痺リハを学びたいSTさんは、 形成外科併設のクリニック や 専門外来のある病院 が、求人サイトで「顔面神経麻痺」「形成外科リハ」キーワードで見つけやすいです。
【現役ST体験】ハント症候群の70代男性、3年経った今
6/5の記事「末梢性顔面麻痺の急性期は『動かしすぎない』が正解」 で書いた、 ハント症候群を発症した70代男性 の患者さんを、急性期病院を退院されてからも継続的にフォローしてきました。
発症から 約3年経過した現在 の状態を、属性をぼかしてお伝えしますね。
見た目はかなり改善した
3年経った今、ご家族や周囲の人から 「顔のゆがみがほとんど分からなくなった」 と言われる程度まで回復しています。
ただ、これは「自然に治った」のではなく、 継続的なリハ+ご本人の努力+医療的な介入 の組み合わせで、ここまで来ました。
でも、一番の課題は「眼の合併症」だった
末梢性顔面麻痺で 見過ごせない重大な後遺症が眼の合併症 です。
この方の場合、 顔面神経の眼輪筋(がんりんきん)麻痺 が残ったため、 「目を完全に閉じられない」状態(兎眼・とがん) が続いていました。
💡 兎眼(とがん)って?:目を完全に閉じられない状態。睡眠中も白目が見えていることがある。顔面神経麻痺で 眼輪筋(目の周りの筋肉)が動かなくなる ことで起きます。
兎眼の何が問題かというと:
- 眼球表面の乾燥 → ドライアイが悪化
- 異物が入っても目を閉じて守れない → 角膜が傷つく
- 就寝中に目が半開き → 朝起きると充血・痛み
- 放置すると 角膜混濁・視力低下 のリスクも
ご本人いわく、 「朝起きると、麻痺側の目がゴリゴリして開けるのも痛かった」 とのこと。 これは、 顔の見た目以上に日常生活を蝕む つらさです。
眼瞼手術で大きく改善した
この方は、 形成外科で眼瞼(がんけん)手術 を受けられました。
具体的には、 上まぶたに小さなプレートを入れる手術(金プレート挿入術・ゴールドプレートインプラントなどと呼ばれます)で、 重力でまぶたが下がりやすくなる仕組み に整える処置です。
手術後の変化:
- 目が ほぼ完全に閉じられるように なった
- ドライアイの悪化が止まった
- 朝の目の不快感がなくなった
- 角膜の傷つきリスクが激減
→ 「数年経った顔面麻痺=もう手遅れ」ではなく、 眼の合併症は形成外科で大きく改善できる 。これは家族・本人どちらにもぜひ知ってほしい事実です。
寝る時はラップで「即席バリア」を貼って対応
手術前から今でも続けているのが、 就寝時の目の保護 。
具体的には、市販の 保湿用フィルム(医療用ラップ) を 片目(麻痺側)にだけ貼って寝る という対応です:
- 眼球の乾燥を防ぐ
- 異物侵入を防ぐ
- 朝の目の不快感を激減
「目薬を寝る前にさす」だけでは不十分で、 物理的なバリア が必要だった、と本人が話されていました。
→ こうした 生活の工夫 こそ、長期フォローの肝です。
マッサージの「効果への不安」── ST職として本音
この方も、 「家でマッサージを続けているけど、本当に効いているのか分からない」 とよく言われます。
実は、 私自身もST職として悩むポイント です。
💡 結論から言うと、 「やさしいマッサージは有効・強いマッサージは逆効果」 が、現時点での私の答えです。
理由:
- やさしいマッサージ(拘縮予防・血流改善・リラクゼーション) → 表情筋の柔軟性維持に 軽度の効果(プラスはプラス)
- 強いマッサージ(揉み込み・引っ張り・過剰な伸ばし) → 病的共同運動を強化するリスク(明確にマイナス)
「効いているか分からない」と感じるのは、 数年経過後の改善は微々たるもの だからです。
ですが、 「現状維持」も立派なリハの成果 。 「悪化していない」=「やってる効果がある」 と捉えてOKです。
外見より「表情表現を取り戻す」を最優先に
この方とのリハで、3年通して一番大事にしているのは、 「左右対称の顔を取り戻す」ではなく 、 「笑う・喜ぶ・困る・気にする」といった表情表現を取り戻す ことです。
具体的には:
- 鏡を見ながら 「笑顔(口角を上げる)」 を毎日5分意識
- 家族や友人と会話する時に 「表情で返事をする」 ことを意識
- 「左右対称じゃないと笑えない」という 思い込みを外す
→ 数年経った顔面麻痺の方ほど、 「見た目に囚われすぎず、表情表現を取り戻す」スタンス が、生活の質を大きく上げてくれます。
ご本人も、最近は「孫を見て自然に笑える」とおっしゃるようになりました。
3年フォローして私が学んだ4つのこと
ハント症候群の長期フォローを通して、現役STとして大事にしているのは:
- 諦めない:手術・ボトックス・ミラー訓練など、 数年経過後でも選択肢はある
- 眼の合併症を見逃さない:兎眼・ドライアイは 生活の質を大きく下げる 隠れた問題
- やさしいマッサージはOK・強いマッサージはNG:効果の有無で迷ったら 「やりすぎていないか」をチェック
- 外見より「笑える」を取り戻す:表情表現が日常を変える
そして何より、 本人が「諦めから入っている」時ほど、ご家族の「待つ姿勢」が支え になります。
「もう何年も経ったから変わらないでしょ」ではなく、 「ちょっとずつでいいから、一緒に試してみようか」 という空気が、リハを続ける一番の燃料になることが多いです。
家族・周囲へのアドバイス|受容と「気にしすぎない」声かけ
数年経過した患者さんを支えるご家族や周囲の方に向けて、現場で感じてきたことをまとめておきますね。
① 「治った?」と聞きすぎない
ご本人がいちばんつらいのは、 「変わらないこと」を毎日突きつけられること です。
「今日はどう?」と顔の状態を毎日確認するより、 「今日は何が美味しかった?」 など、 日常の話題のなかにそっと聞く ほうが、ご本人の負担が軽くなります。
② 「左右差」を写真で頻繁にチェックしすぎない
スマホでつい毎日記録したくなる気持ち、私もよく分かります。
ただ、 毎日見ると「変わらない」が際立ってしまう ことがあります。
- 評価のためには 月1回・3ヶ月に1回など、間隔をあけて 撮るのが現実的
- 比較は 専門外来やリハ担当者と一緒に 行うのがおすすめ
③ 笑い・会話の量を減らさない
「顔が動かないから恥ずかしい」と、家族の前でも笑顔を控えるようになる方がいらっしゃいます。
でも、 使わない筋肉は、ますます動かなくなる のがリハの世界の現実です。
- 笑える話題を 意識的に増やす
- ご本人の 笑顔を否定しない言葉づかい を家族で共有
- 「笑い方が変わったね」より 「今日も話せて楽しかった」
④ 「諦めない」を共有する
数年経った時点で、ご本人が 「もう変わらないですよね」 と言っても、家族は 「ちょっとだけ、また見てもらおうか」 とそっと提案するくらいでちょうどいい、と感じます。
→ 関連して、 長期スパンでの回復・コミュニケーション については、こちらの記事もどうぞ。
FAQ|数年経過後の末梢性顔面麻痺Q&A
Q1. 数年経っても顔面麻痺は良くなりますか?
A:「完全に元通りに戻る」かどうかは正直個人差が大きいですが、 ミラーバイオフィードバック・ストレッチ・ボトックス治療 などの組み合わせで、 症状の軽減や生活上の負担減が期待できる と報告されています。
「変わらないから諦める」より、 「いまの状態をプロに再評価してもらう」 ことから始めるのが安心です。
Q2. 共同運動はリハで改善できますか?
A:一度固定化した病的共同運動を 完全に消すのは難しい とされています。
ただし、 ミラーバイオフィードバックで「共同運動が出にくい動かし方」を脳に学習させる ことや、 ボトックス治療で過剰な動きを抑える ことで、 日常生活上の困りごとを軽くする ことは期待できます。
Q3. ボトックス治療は誰が受けられますか?
A:ボトックス治療の適応や保険適用は、 症状の程度・診断名・施設 によって異なります。
- 受診先:形成外科または耳鼻咽喉科の 顔面神経麻痺専門外来
- 担当医:日本ボツリヌス治療学会の認定医がいる施設が安心
- 自費か保険かは 必ず受診先で確認
Q4. 自宅で続けられるリハはありますか?
A:はい。 主治医・担当STの指示の範囲で という前提ですが、以下のような取り組みが続けやすいです。
- 1日5〜10分の ミラーバイオフィードバック
- 入浴後の やさしい頬・口角のストレッチ
- 食事中の 左右の口角の使い方 を意識
- 閉眼が弱い場合の 目の保護(人工涙液・就寝時の保護)
「強く・速く・長く」やらないのがコツです。
Q5. 顔面麻痺の家族とどう接すれば?
A:いちばん大事なのは、 「治った?」と毎日聞きすぎないこと です。
- 顔の状態より、 日常の会話・笑いの量 を保つ
- 写真比較は 間隔をあけて プロと一緒に
- 諦めから入っている時こそ、 「ちょっとだけ、また見てもらおうか」 とそっと提案
家族の 「待つ姿勢」「気にしすぎない声かけ」 が、長く付き合うリハの一番の支えになります。
まとめ|諦めず・焦らず・上手に
最後に、要点をまとめます。
- 末梢性顔面麻痺の 後遺症期(発症1年以上) でも、 症状の軽減は期待できる と報告されている
- 残りやすい症状は 病的共同運動・拘縮・筋萎縮 の3つ
- 病的共同運動は 神経の誤った再生 で起きる/完全に消すより 上手に使う
- リハの目標は 「治す」から「上手に付き合う」 に変わる
- 具体策は ミラーバイオフィードバック・やさしいストレッチ・ボトックス治療 の組み合わせ
- 後遺症期は 形成外科・耳鼻咽喉科・神経内科・眼科・ST・PT など 多職種連携 が現実的
- ご家族は 「治った?」と聞きすぎない/笑いの量を保つ がいちばんの支援
「もう何年も経ったから無理だよね」と思っていらっしゃる方ほど、 「いまの状態を、もう一度プロに見てもらう」 ことから始めてみてほしいなと思います。
数年経っていても、 小さな変化の積み重ねで、生活はかなり楽になる 。 私自身、長くフォローしてきた患者さんから何度も教わってきたことです。
このページが、末梢性顔面麻痺と長く向き合うご本人とご家族の心を、少しでも軽くするきっかけになればうれしいです。
【参考にした情報・引用文献】
- 日本顔面神経学会「顔面神経麻痺診療ガイドライン」
- Brach JS, et al.「Mirror feedback treatment for facial paralysis」関連報告
- Nakamura K, et al. ミラーバイオフィードバックに関する報告
- 日本ボツリヌス治療学会「顔面けいれん診療ガイドライン」関連資料
- 日本耳鼻咽喉科学会「ベル麻痺・ハント症候群の診断と治療」
- 厚生労働省 特定疾患情報(顔面神経麻痺関連)
- 『標準言語聴覚障害学 発声発語障害学』医歯薬出版(言語聴覚士養成課程テキスト)
※本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の医療相談や診断に代わるものではありません。長く続く症状については、 形成外科または耳鼻咽喉科の顔面神経麻痺専門外来 での評価が安心です。
ご質問やご相談があれば、お問い合わせからお気軽にどうぞ。


