母音と両唇音(パ・バ・マ行)の練習までは、進んだ。
「でも、その次に何をすればいいのか分からない」
実はこれ、私自身の悩みです。中等度の発語失行の患者さんを担当していて、まさにここで手が止まりました。調べてもまとまった情報が少なくて、「同じところで悩んでいるSTさん、きっといるはず」と思い、自分で調べてまとめたのがこの記事です。
前日の記事「運動性失語の訓練アイデア7選」の続編として、読者は同業のSTさん・若手・実習生さんを想定しています。
結論|母音・両唇音の次は「タ行(歯茎音)」が定番
最初に結論を書きますね。
母音・両唇音の次の一手は、タ行・ダ行・ナ行(歯茎音)がおすすめです。
理由は「構音点が見せられる音」だから。詳しくは次のセクションで説明します。
💡 発語失行(はつごしっこう)って?:言いたい音は分かっているのに、口や舌を「その音の形に動かす指令」がうまく出せない状態。麻痺(構音障害)とも、言葉が浮かばない(失語症)とも違う障害です。
ただし、これは固定の決まった手順ではありません。
一般的にはこの順序が多い、という臨床の流れです。実際は患者さんの保たれている音から選ぶのが大原則なので、そこは先にお伝えしておきますね。
そもそも発語失行とは|失語症・構音障害との違いを分かりやすくまとめます
念のため、土台だけ確認させてください。
- 失語症:言葉そのものが浮かばない・理解しにくい(言語の障害)
- 構音障害:口や舌の筋肉の麻痺・筋力低下で発音が崩れる(運動の障害)
- 発語失行:筋力はあるのに、音を作る動きの「プログラム」がうまく組めない
発語失行の特徴は、「誤り方が毎回バラバラ」なこと。同じ「タ」でも、言えたり言えなかったり、探るような口の動き(模索)が出たりします。
運動性失語に合併することが多いので、前日記事の喚語困難リハと並行して向き合っているSTさんも多いと思います。
音はこの順で広げる|「見える音」から「見えない音」へ

発語失行の構音訓練では、一般的にこの順序で音を広げていくことが多いです。
- 母音(ア・イ・ウ・エ・オ)
- 両唇音(パ・バ・マ行)
- 歯茎音(タ・ダ・ナ行)← いまここ
- 軟口蓋音(カ・ガ行)
- 摩擦音(サ・ハ行)
- ラ行・拗音(キャ・シャなど)
この並びの根拠は、ざっくり言うと「構音点の見えやすさ」です。
両唇音は、唇の動きが外から丸見えです。「見て真似してください」が通用します。
タ行・ダ行・ナ行は、舌先と歯茎の接触で作る音。口を大きく開ければ、舌の位置をまだ「見せられる」、最後のゾーンなんです。
💡 構音点(こうおんてん)って?:音を作るために、口の中のどこを使うかという場所のこと。唇・舌先・舌の奥など、音によって場所が違います。
一方、カ行・ガ行は舌の奥で作るので、外からは見えません。サ行は息の通り道を精密に狭める制御が必要で、さらに難しい。
だから中等度の「次の一手」は、「まだ真似しやすいタ行」がおすすめなんです。
なお、口の動きを見せたり触って教えたりする「構音運動的アプローチ」は、発語失行の訓練法の中でもっとも研究報告が積み重なっている方法とされています(参考文献1)。
タ行をどう訓練する?単音→単語→文への進め方

ここからが本題です。タ行を例に、進め方を具体的に書きますね。
ステップの基本形
- 単音:「タ」だけを安定して出す
- 音節:タ・テ・ト(言いやすい母音との組み合わせから)
- 2モーラ語:たこ・とり
- 3モーラ語:たいこ・たぬき
- 既習得音との組み合わせ語:とまと・たまご(両唇音×歯茎音)
- 句・短文:「とけいを見る」など
💡 モーラって?:日本語のリズムの単位。「たこ」は2モーラ、「たいこ」は3モーラ。拍と思ってもらえばOKです。
進級の目安は、単音で8〜9割安定したら音節へ。
ここ、完璧主義にならないのがコツだと思っています。1段階を100%にしてから進むより、「8割で次へ進んで、つまずいたら戻る」。 この行き来のほうが、患者さんも飽きずに続きます。
訓練語は「とけい」「テレビ」「トイレ」など、日常でよく使う言葉を選ぶと、訓練室の外への般化(日常への持ち越し)がしやすいです。
使える手技4つ

私が調べた範囲で、中等度に使いやすい手技を4つ挙げます。
① 鏡+STの口形提示:手鏡で本人の口、STの口の両方を見せます。タ行は「舌先を上の歯ぐきにつける」ところまで見せられます。舌圧子で構音点に触れて教える方法も有効とされています。
② ヒントを少しずつ減らす:最初は「一緒に言う」から始めて、慣れてきたら「口の形だけ見せる」→「すぐ真似してもらう」→「少し待ってから真似してもらう」と、手助けを一段ずつ外していきます(参考文献2)。
考え方はシンプルです。「最初は全力で支えて、少しずつ支えを抜く」。これだけ覚えれば、明日から使えます。
③ 1音だけ違う言葉の言い分け:「パ/タ」「バ/ダ」「タ/カ」のように、1音だけ違うペアを紙に書いて、交互に言い分けてもらいます。
「タ」と「カ」は、舌の前を使うか奥を使うかだけの違い。だから、舌の場所の切り替え練習にぴったりなんです。
④ キーワード法:確実に言える単語(たとえば「とけい」)を足場にして、「と」を含む別の語へ広げていく方法です。成功体験から始められるのが利点です。
タ行の後は?カ行→サ行→ラ行の道筋

「タ行の次」も、簡単に道筋をまとめておきますね。
- カ・ガ行:外から見えない音。鏡が役に立たないぶん、「舌の奥を使うよ」と触って伝えたり、「タ/カ」の言い分け練習が役立ちます
- サ・ハ行(摩擦音):息の通り道を精密に狭める音。いきなり「サ」ではなく、長く息を出す遊び的な課題から入ると取り組みやすい
- ラ行・拗音(キャ・シャなど):舌の弾き・複合的な動きが必要な最難関。最後でOK
どの段階に進んでも、やることの骨格は同じです。
「単音→音節→単語→文」のステップと、「8割できたら次へ」の原則。この2つを持っていれば、音が変わっても迷いにくくなります。
そして、音の階段と並行して、次に書く「実用フレーズ」を先に確保しておくのがおすすめです。
伸び悩んだら|「よく使うフレーズの丸ごと練習」という考え方
音の練習が伸び悩んで、プラトー(停滞期)に見える時期もあります。
そんな時に持っておきたいのが、「よく使うフレーズの丸ごと練習」です。
「おはようございます」「ありがとう」など、本人がよく使う言葉を丸ごと繰り返し練習して、考えなくても口から出る状態を目指します。
音の正確さを積み上げるルートとは別に、「実用的に使える言葉」を先に確保するルート。この2本立てにすると、本人の生活の手応えが早く出ます。
句や文のレベルまで進んだら、指でトントンとリズムを取りながらゆっくり話す練習(ペーシングと呼ばれます)も選択肢に入ってきます。
経過の見通しについても、一言。発語失行が単独で出ている例では、実用レベルまで回復したという報告が複数あります(参考文献2)。
一方で、構音が良くなっても、プロソディ(抑揚やリズム)の乱れは残りやすいとされています。ただ、プロソディの異常は「構音の誤りを自分で修正しようとする努力から生じる」という報告もあり、構音の安定とともに変化しうる側面もあるようです(参考文献3)。
💡 プロソディって?:話し方の抑揚・リズム・速さのこと。一本調子に聞こえたり、途切れ途切れになったりする部分です。
「発語失行のイントネーションは治らないの?」という疑問は、別記事で深掘りする予定です。
体系的に学び直したい方には、発語失行や失語症リハの講義が見放題のオンラインセミナーも便利です。
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手元に置ける専門書も、1冊あると安心です。
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まとめ
中等度の発語失行、「母音・両唇音の次」をまとめました。
- 次の一手は「タ行・ダ行・ナ行(歯茎音)」が定番。「まだ構音点を見せられる音」だから
- 音は「見える音→見えない音」の順で広げる(タ行→カ行→サ行→ラ行)
- ステップは「単音→音節→単語→文」。8割できたら次へ進んで行き来する
- 手技は「鏡で見せる・ヒントを少しずつ減らす・1音だけ違う言葉の言い分け・言える単語から広げる」
- 伸び悩んだら、よく使うフレーズの丸ごと練習で「使える言葉」を先に確保する
順序はあくまで一般的な定石で、患者さんの保たれている音から選ぶのが大原則です。目の前の評価結果を一番の手がかりにしてくださいね。
「ここで手が止まった」私と同じ場所で悩んでいるSTさんに、この記事が地図代わりになれば嬉しいです。
失語症・発語失行のリハにもっとじっくり取り組める環境を探したい、というSTさんは、ST特化の転職エージェントに相談してみるのも一つの手です。
喚語困難の訓練ネタは、前日の記事にまとめています。
→ 運動性失語の訓練アイデア7選|紙と鉛筆だけで喚語困難リハ → 失語症は何年経っても良くなる?発症13年を担当する現役STの本音
ご質問・ご相談は、お問い合わせフォーム からお気軽にどうぞ。
※本記事は私個人の経験と公開情報を元にしたものです。発語失行の症状や訓練の適否は個人差が大きく、施設・地域・個人の状況によって変わります。実際の訓練の選択・実施は、担当言語聴覚士の評価と判断のもとで行ってくださいね。本記事の内容をもって生じたいかなる結果についても、責任を負いかねます。
参考文献
- 発語失行症の訓練(失語症研究・J-Stage):https://www.jstage.jst.go.jp/article/apr/16/3/16_3_233/_article/-char/ja/
- 発語失行の言語治療(失語症研究・J-Stage):https://www.jstage.jst.go.jp/article/apr/8/2/8_2_131/_article/-char/ja/
- 発語失行例のプロソディー異常に関する検討(高次脳機能研究・J-Stage):https://www.jstage.jst.go.jp/article/hbfr/33/3/33_374/_article/-char/ja/
- ASHA Practice Portal: Acquired Apraxia of Speech:https://www.asha.org/practice-portal/clinical-topics/acquired-apraxia-of-speech/
著者:うめあかり 言語聴覚士(ST)。急性期病院で9年勤務後、現在はリハ特化型デイサービスで勤務中。2児(5歳・3歳)の母。


