舌打ち、ため息、数唱、曜日。出せるものは、ひと通りやった。

「でも、系列語の先に進めない」

これも、私自身の悩みでした。重度の発語失行の方を担当して、いつもみる失語と明らかな違いに戸惑い、ここで手が止まったんです。

この記事は、同じ場所で悩むSTさん・若手・実習生さん、そしてご家族に向けて書きます。

前日の「発語失行(中等度)の訓練|母音・両唇音の次は何をする?」の姉妹記事、重度編です。


結論|重度は「声の土台作り」と「一緒に言う」が柱

最初に結論を書きますね。

重度の発語失行では、「声を出す前の土台作り」と「STと声を合わせて一緒に言う方法(斉唱)」の2つが柱になります。

そして系列語の先で行き詰まったら、私のいちばんの推しは斉唱です。実際に、これで前に進めた経験があります。

💡 発語失行(はつごしっこう)って?:言いたい音は分かっているのに、口や舌を「その音の形に動かす指令」がうまく出せない状態。麻痺(構音障害)とも、言葉が浮かばない(失語症)とも違う障害です。

重度とは、「音声がやっと出る」「発声自体が安定しない」レベルを指してこの記事では書きます。


「いつもの失語と明らかに違う」|重度発語失行と重度失語の見分けポイント

重度発語失行と重度失語の見分けポイント:理解は良い・あくびや笑いでは声が出る・口が音を探すように動く・書く指差しのほうが伝わる

最初に担当した時、私が感じたのは「いつもみる失語と明らかに違う」という違和感でした。

その違和感を言語化すると、見分けポイントはこの4つです。

  • こちらの言うことは、よく分かっている(指示が通る・うなずきが合う)
  • あくびや笑いでは声が出る(出そうとすると出ない)
  • 口が音を探すように動く(模索)
  • 書く・指差しのほうが相手に伝わる

重度の失語症なら、聞いて理解する力も大きく落ちていることが多いです。

一方、発語失行が主体の方は、理解は保たれているのに「出口」だけが詰まっている。だから本人ももどかしいし、見ているこちらも切ないんですよね。

💡 模索(もさく)って?:目当ての音を出そうとして、口や舌があちこち動いてしまう様子のこと。「音の形を探している」動きで、発語失行の特徴の一つとされています。

ポイントは「わざと出す時」と「自然に出る時」の差です。

あくび・笑い・咳では声が出るのに、「アと言ってください」では出ない。この差が大きいほど、発語失行らしさが強いと考えられています(参考文献1)。


声を出す前の土台作り|舌打ち・ため息・咳払い・呼気

声を出す前の土台作り:舌打ち→ため息→咳払い→ろうそくを消すイメージの呼気

ここからが本題です。私が重度の方に実際にやってきた、声を出す前の土台作りから。

「声を出してください」と正面から求めると、余計に出ません。だから、声になる前の動きから積み上げます。

  • 舌打ち:声を使わずに口を動かす。「音を出せた」という成功体験を、いちばん低いハードルで作れます
  • ため息:構えずに声帯を震わせる。「ハァ〜」の終わりに、ふっと声が混ざる瞬間を狙います
  • 咳払い:声帯を強めに閉じる。「声の出るスイッチの場所」を体に思い出してもらうイメージです
  • ろうそくを消すイメージの呼気:息をコントロールする。声の材料である「息」を、狙って出す練習です

どれも「言葉」ではなく「音と息」の課題なので、失敗感が少ないのが利点です。

随意的な発話が難しい段階では、こうした発声の前段階から積み上げるアプローチが古くから報告されています(参考文献2)。

ため息に声が混ざったら、「アー」へ。「アー」が安定したら母音へ。階段は小さいほど登りやすいです。


出やすい言葉から声を起こす|系列語・挨拶・数唱の使い方

系列語・挨拶・数唱の使い方:数唱・曜日・挨拶、コツは途中から患者1人にバトンタッチ

土台と並行して使うのが、考えなくても出やすい「自動的な言葉」です。

  • 数唱(1・2・3…)
  • 曜日(月・火・水…)
  • 挨拶(おはよう・ありがとう)

数を数える、曜日を言う、挨拶をする。これらは長年くり返してきた「体に染みついた言葉」なので、重度でも比較的出やすいとされています(参考文献1)。

💡 ざっくり言うと:頭で組み立てる言葉は出なくても、「自動的なことば」は残りやすい、ということです。

使い方のコツは、途中から患者1人にバトンタッチすることです。

「1・2・3…」を一緒に唱えて、途中でSTがすっと声を引く。勢いに乗って「4・5」が本人だけで出たら、それが立派な自力発話です。

挨拶は実用性が高いのもいいところ。「おはよう」が1つ出るだけで、自信につながります。


系列語の先で行き詰まったら|「一緒に言う(斉唱)」が私の推し

さて、ここからがこの記事のいちばん書きたかった部分です。

系列語まではいける。でも、その先が続かない。私がその壁を越えるのに役立ったのが、STと声を合わせて一緒に言う方法(斉唱・せいしょう)でした。

復唱(STが言った後に1人で真似る)だと出ない言葉が、「せーの」で一緒に言うと出る。この経験を、私は現場で何度もしています。

STと声を合わせて一緒に言う方法(斉唱)の4ステップ

STと声を合わせて一緒に言う方法(斉唱)の4ステップ:口の形を見せる→一緒に言う→STは口の動きだけ→1人で言う

やり方は、支えを少しずつ抜いていく流れにします。

  1. 口の形を見せる:まずSTの口元に注目してもらう
  2. STと声を合わせて一緒に言う:同じタイミング・同じ速さで
  3. STは口の動きだけ(声を消す):本人の声が主役になる
  4. 1人で言う:最後に自力で

「見て、一緒に言って、だんだん1人で」というこの組み立ては、発語失行の訓練法として国際的にも標準的な型とされています(参考文献3)。

💡 なぜ「一緒に」だと出るの?:相手の口の動きと声が、リアルタイムのお手本になるからだと考えられています。記憶した音を自分で組み立てる負担が減り、動きを「なぞる」だけでよくなるイメージです。

言葉選びは、挨拶や名前など「本人がいちばん言いたい言葉」から。

ステップ2と3の間を行き来してOKです。3で崩れたら2に戻る。この行き来こそが訓練だと思っています。

このあたりの訓練の組み立ては、動画で学べると理解が早いです。発語失行や失語症の講義が見放題のオンラインセミナーもあります。

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斉唱の先へ|歌やリズムの力を借りる

斉唱と相性がいいのが、メロディやリズムに乗せて言葉を出す方法です。

なじみの歌を一緒に歌うと、話し言葉では出ない言葉が出ることがあります。抑揚に乗せて短いフレーズを言う訓練法も、左脳の損傷が大きい方への報告が積み重なっています(参考文献2)。

「歌→歌いながら言葉→普通の言葉」と、音楽の支えを少しずつ抜いていくイメージです。

手元に評価から訓練まで立ち返れる本があると、組み立てに迷った時に安心です。

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進まない時の心構え|ご家族に伝えたいこと

正直に書きます。重度の発語失行は、回復がかなりゆっくりです。

個人差が大きく、半年〜1年で変わらなくても、おかしくありません。「ため息に声が混ざった」「数唱の4だけ1人で出た」。その単位の変化を拾うのが、この段階のリハだと思っています。

ご家族に伝えたいのは、「分かっているのに出ない」状態だということです。

本人の頭の中には、言いたい言葉がちゃんとあります。だから、子ども扱いせず、ゆっくり待ってあげてください。

そして、書く・指差し・うなずきなど「声以外の伝え方」を遠慮なく使ってください。伝わる経験こそが、声を出す意欲の土台になります。

回復の見通しについては、長期経過の本音をこちらに書いています。

失語症は何年経っても良くなる?発症13年を担当する現役STの本音


よくある質問(FAQ)

Q1. 系列語より前、発声自体が出ない時はどうすれば?

まず「あくび・笑い・咳で声が出ているか」を観察してみてください。

自然な場面で声が出ているなら、声帯は働いています。ため息や咳払いなど、本記事の「土台作り」から始めるのがおすすめです。

自然な場面でも声がほぼ出ない場合は、発声そのものの問題が隠れている可能性もあります。耳鼻咽喉科やリハ科の医師への相談が安心です。

Q2. 斉唱ばかりだと、自力で言えるようにならないのでは?

その心配、よく分かります。だからこそ「支えを抜く」手順までをセットにします。

一緒に言う→STは口の動きだけ→1人で、と段階を踏めば、斉唱は自立への通り道になります。一緒に言って終わり、にしないのがコツです。

Q3. 家族が家でできることはありますか?

挨拶と数唱の「一緒に言う」は、ご家庭でも取り入れやすいです。

ただし、本人が嫌がる時は無理をしないでください。練習よりも「伝わった」という経験を増やすことが先です。やり方は担当STに相談しながら進めてくださいね。


まとめ

重度の発語失行、「系列語の先」をまとめました。

  • 重度の柱は「声を出す前の土台作り」と「STと声を合わせて一緒に言う方法(斉唱)」
  • 見分けのカギは「理解は良い・自然な場面では声が出る・模索・書く方が伝わる」
  • 土台作りは「舌打ち→ため息→咳払い→ろうそくを消すイメージの呼気」
  • 系列語・挨拶・数唱は「途中から1人にバトンタッチ」で自力発話につなげる
  • 行き詰まったら斉唱。「一緒に→口の動きだけ→1人で」と支えを抜いていく

音が安定してきたら、中等度編の「音を広げる順序」へつながります。

発語失行(中等度)の訓練|母音・両唇音の次は何をする?運動性失語の訓練アイデア7選|紙と鉛筆だけで喚語困難リハ

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※本記事は私個人の経験と公開情報を元にしたものです。発語失行の症状や訓練の適否は個人差が大きく、施設・地域・個人の状況によって変わります。実際の訓練の選択・実施は、担当言語聴覚士の評価と判断のもとで行ってくださいね。本記事の内容をもって生じたいかなる結果についても、責任を負いかねます。

参考文献

  1. 発語失行症の訓練(失語症研究・J-Stage):https://www.jstage.jst.go.jp/article/apr/16/3/16_3_233/_article/-char/ja/
  2. 発語失行の言語治療(失語症研究・J-Stage):https://www.jstage.jst.go.jp/article/apr/8/2/8_2_131/_article/-char/ja/
  3. ASHA Practice Portal: Acquired Apraxia of Speech:https://www.asha.org/practice-portal/clinical-topics/acquired-apraxia-of-speech/

著者:うめあかり 言語聴覚士(ST)。急性期病院で9年勤務後、現在はリハ特化型デイサービスで勤務中。2児(5歳・3歳)の母。